日本の進学塾業界の市場規模は1兆円以上

進学塾市場規模

1970年代半ば以降、つまり高度経済成長期の塾業界の拡大期において、塾業界には微妙な変化が起きていました。この時期に、塾創業者の経歴に変化があったわけです。

具体的には、それまでの塾の創業者には学校教員の公務員出身者が多かったのですが、この頃から大学在学中の人間や他業種からの転職組が塾を始めることが多くなったわけです。

教員の待遇が改善されてよくなったことや、大学紛争により大学を去った高学歴者がたくさん出たこと、そして一般企業の就職氷河期などが重なったことがこの変化の理由に挙げられるのですが、いずにれしろこのことが「教育者の集まり」から「起業家の集まり」に塾業界を変化させ、塾を1つの産業として成立させる原動力となったわけです。

教育競争の風潮が強まる中、新たな学び場が求められる需要に応じるように、進学塾が出現してこの時期に拡大していったわけですが、これは2000年前後の日本のインターネットベンチャーの台頭に似ています。

塾業界の市場規模は1993年までに急激に拡大していて、日本全国の進学塾の数は1990年代までに約5万にまで達しています。1994年には横ばいになっていくのですが、これはバブル崩壊後の長引く不景気と、少子化の影響があったと考えられています。

矢野経済研究所の発表によると、2012年段階での塾業界の市場規模は9380億円と発表していて、これは約1兆円の市場規模にまで塾業界が成長したと言っても良いでしょう。

日本で進学塾が栄えた理由とは!?

塾業界の規模が約1兆円であるということは、日本全国の子供を持つ親が子供の教育のために1兆円もの身銭をきっているという事を意味します。

日本の子供1人あたりの教育支出は世界と比較しても割合高い水準にはあります。教育機関に対する公的支出のGDP(国内総生産)比については、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で日本で最も低いことが知られていますが、それは大学教育レベルに対する支出が主に私的負担によって成り立っているからであって、決して低いわけではないのです。小学校、中学校、高校に関してはほとんど公的財源から支出されています。

つまり、高校までは公的負担で十分な教育が受けられる教育制度が整っていながら、親は決して少なくはない身銭をきって子供を進学塾に通わせ、大学に入ってからは自分たちがその学費を負担するという、世界的に見れば珍しい仕組みになっているのです。

逆に言えば、国から与えられた教育だけでは満足できないという国民性が日本人にはあるとさえ言えるでしょう。

江戸時代、当時としては世界トップレベルであったとされる日本の教育は、国家的な学校制度に頼らずとも、地域ごとに作られた寺子屋や、各藩がエリート養成のために作った藩校、そして志を共にする若者が集まる私塾によってうまく負担されていました。農民は時にはなけなしの米や農作物を授業料として納めることによって、子供を寺子屋に通わせていたのです。つまり、教育にはお金がかかるという認識は、日本人には江戸時代にはすでに備わっていたと言えるでしょう。

このような教育熱心な国民性だからこそ、日本全国に5万件以上の塾が誕生したと言えますね。

現代の進学塾が果たすべき社会的責任は?

進学塾が上級学校へ進学するための教育機関だとしても、進学塾の役割を受験のための勉強を教えることだけに限定することはありません。「どんな手を使ってでもよいから子供を受験で勝たせてあげればよい」と考える進学塾は意外と少なく、場合によっては学校の教員以上に生徒たちとの信頼関係を深め、生徒たちの将来を案ずる塾経営者や塾講師は少なくないのです。

地域社会の希薄化が進む現代日本ですが、近所のおじいちゃんやおばあちゃん、お兄ちゃんお姉ちゃんと接する機会もなくなったわけです。だからこのような状況下では社会教育という概念は事実上消滅し、習い事や塾がその役割を果たすようになったとの見方もできます。

塾に通って良かった点として塾で友達がたくさんできたことを挙げる子供も少なくありません。進学塾が学校以外の社会の社交の場として子供達の居場所になっていると捉えられますね。

それほどに塾という存在が日本には欠かせない一部になっているわけですから、その中で塾講師の果たすべき役割というのはかなり大きいものがあることが分かります。

 

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